« 南方上座の源流を探る(10) | トップページ | 目玉焼な人生観 »

2007年1月30日 (火)

文殊の智慧(1)

普賢菩薩と共にお釈迦様の脇士となり、釈迦三尊像を構成する文殊菩薩。
獅子に乗り、左手に剣、右手に経典を持った姿で図像化される文殊菩薩は
一般に「智慧の菩薩」と言われているのだけれど、そこにいわれている「文殊
の智慧」の内容がどのようなものなのか、ということは実のところ余り知られて
はいないのではないかと。

  智慧というのは般若。つまり般若波羅蜜が文殊の智慧ということで、
  ようするに「空」ってことでしょう?『般若心経』のシキソクゼークーっての。

大方の理解はこんなものでしょう。

文殊は最初期から後年にいたるまで、実に多くの大乗経典に登場する。しかも
そのほとんど全てで主役級の扱いで、大乗の教えについては、お釈迦様よりも
むしろ文殊が主体となって説いていると言えるのではないか、と思えるほどだ。

この文殊の説く教えには共通の特徴がある。それが「不二の知」ということ。
これは「煩悩と涅槃は不二である」「凡夫と仏は不二である」などと使われる。
つまり、我々が対立概念だと思っているものを持ってきて、それらは全て不二
である、と宣言するのが実に文殊の教えの特徴・・・すなわち「文殊の智慧」なのだ。


« 南方上座の源流を探る(10) | トップページ | 目玉焼な人生観 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/75967/13712289

この記事へのトラックバック一覧です: 文殊の智慧(1):

« 南方上座の源流を探る(10) | トップページ | 目玉焼な人生観 »