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2006年2月21日 (火)

南方上座の源流を探る(5)


その後スリランカには、インド本土の仏教界におけるナーガールジュナの存在にも匹敵するような大論師ブッダゴーサが現れた。彼はシンハリ語で書かれていた論典を整理しながらパーリ語に訳しなおすなどの作業を行い、その後、『清浄道論』(ヴィスディマッガ)という、北伝アビダルマの大毘婆沙論に当たるような畢生の大著を表して南方上座部の教学を大成した。

しかしながら彼の後、スリランカ仏教界には彼の偉業を継ぐような目立った論師は現れず、密教の流行などともあいまって、本流である大寺派の勢力は一時衰微する。

その勢力が回復するのは11世紀ころ。仏教の復興を志す国王の支援のもと、サーリプッタ長老を中心とした復興運動が実を結んで、大寺派は再び名実ともにスリランカの国教の地位を回復する。この時、国王の宗教外交によって、大寺派の教義はミャンマー、タイなどにも伝えられ、それらの国でも国教の地位を占めることになった。


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