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2005年11月14日 (月)

輪廻を数学っぽく考えてみる(3)

死はこの例えでは肉体変数の値が0になったとき、と考えることができますが、そのときでも当初の方程式の関係が維持されているかぎり、グラフ自体は途切れず、その変化を反映しながら続いていきます。自己意識は肉体の値が0のときの微係数の接線でしたから、グラフが途切れないならば、これも当然求めることができるはずですよね。

こんな感じで眺めると、肉体の死に至ったところで、自我を生み出す因縁の関係性が崩れない限り、自己意識は(その内容はともかく)生じ続けると考えられます。

私の理解する仏教的な死生観を数学的にあらわすとこんな感じでして、肉体が消滅しても自己意識は必ずしも消滅するとは限らないし、死後どうなるかは、業による、ということかな、などと考えております。


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