« まさに雑感―サブカルチックな「空」について | トップページ | 輪廻を数学っぽく考えてみる(1) »

2005年11月 7日 (月)

無題

大乗仏教では、空というのは中観でも唯識でも、成仏に至る道のりに5段階あるうちの第3段階で初めて直観するものとされていて、このときに108ある煩悩のうちの16個が断たれます。その後、修道という段階で修行をつみながら、残りの92個を順々につぶしていくことになります。つまり、空を見ただけであらゆる煩悩が絶たれる、ということではないんですね。

それでもその体験を経ることで、修行者には自己と他者の無区別・一体性という感覚が生起することになります。で、この時に「大悲」という、自分と相手とその間の行為に対して執着のない慈悲が生じることになり、菩薩はその慈悲に先導されて修行を行い、その修行により仏となるための智慧と功徳を蓄積していきます。・・・と、こういったことが仏教内での公式見解(?)のようなものとされています。


« まさに雑感―サブカルチックな「空」について | トップページ | 輪廻を数学っぽく考えてみる(1) »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/75967/6937809

この記事へのトラックバック一覧です: 無題:

« まさに雑感―サブカルチックな「空」について | トップページ | 輪廻を数学っぽく考えてみる(1) »